
塾長
野口哲英
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■焦点の拡散から絞り込みへ
先回まで述べてきたように、経営はまず始めに「ロマン・ビジョンありき」の大切さを理解されたと思う。今日、医療機関において、急性期型ではもうやっていけないから慢性期に移行して療養型病床群でもやるか、介護型にしか生き残る道はないのかといった考えで、経営の存続を図ろうとする、いわゆる「デモ・シカ」病院には、その可能性はゼロとみなければならない。
繰り返しになるが、経営トップが経営に対する楽しさややり甲斐がなえたり、失せたりしたら早々にトップの座をロマン溢れるエネルギッシュな人にバトンタッチすることが、従業員にとってのみならず、地域社会にとっても幸せというものである。
■経営の拡散から強い経営は生まれない
バブル経済期においては、多くの企業が経営発展の波に乗って拡大戦略を指向し、経営の多角化を図ってきた。しかし、その中の大多数の企業は経済の好況という追い風を自社の実力と見誤って、実力以上の背伸びやかっこづけをしてしまったために、倒産したり、未だに身を削るリストラに明け暮れている状況にある。
そのようなところは得てして、自社にこれといった大黒柱となるような、他社と比べて誰にも負けない特徴がなく、ただ規模の拡大や市場における主としてのシェア拡大をねらったケースが大半である。
ひるがえって病院においても昨今、介護保険の施行を2000年に控えて、福祉から介護まで総括的に行うことによって、患者というお客を囲い込む戦略を採ろうとしているところが多い。しかし経営においては、身の程を知る、分相応が大切であり、他分野への進出にはまず第一にそれ相応の哲学やロマンがなければ失敗する。換言すれば、その分野が心から好きであり、何としてでも、やり通したいという気持ちがあり、それに従業員も共感できるものでなければならない。たまたま地域内において許認可の枠があり、補助金が得られるからといった行政の誘導策のアメに釣られたところで、後々ムチが振るわれ、致命的な打撃を受けることも考えておくべきである。
■経営の多角化のパターンと問題点
経営の多角化は基本的に3つのタイプに分けられる。
【1】水平多角化
自社の業務として扱っている技術やサービスに関連する分野に広げるもので、自動車メーカーならば、乗用車に加えてトラックや建設車輌などの分野に進出することであり、医務機関であるならば治療から予防や社会復帰等の分野に広げることである。
【2】垂直多角化
自社の業務をサポートする周辺技術やサービス分野に広げるもので、自動車メーカーならば乗用車に加えてタイヤの製造や内装、オーディオ機器にまで業務を広げるものである。医療機関でいえば検査会社や給食会社を持とうとするものである。
【3】コングロマリット化
自社の業務に開係の薄い分野に広げるもので、ダイエーがリクルートやクレジット会社、球団経営、ホテルなど傘下におさめてガリバー的に市場を拡大しようとするものである。医療でいえば、人間ドッグ宿泊用のホテルや、病院や関連施設を建設する建築会社をかかえようとするものである。
今日、企業が世界的規模でグローバル化するなかムーディーズによる格付けをみるまでもなく、大きいことが必ずしも良いことではなく、むしろキャッシュフロー経営(損益計算書だけではなく貸借対照表を重視する経営)や企業理念や環境など社会貢献でトータルに評価される時代である。
わが国でも金融機関の貸付審査において不動産等の担保があるだけでは評価しなくなったことに現れている。また大競争の時代においては他社に比べて焦点を絞り、常に技術やサービス向上や新開発をしているところに大企業といえども食われてしまう現実は、そこここに多数見られる今日この頃である。最近大手商社が子会社を200社前後、本体から切り離したり償却する傾向が報道されることをみても明らかであろう。
■これからの中小企業は多様化をめざせ
前記多角化多角化は、【1】を除いて、よほどの魅力や財力や経営力を持ったとしても難しい。いわゆるドクターを中心とする技術屋集団が異分野を手掛けることは武家の商法であり、切礎琢磨する民間企業の敵ではない。水平多角化の場合にしても、これからは多角化よりも多様化を心掛ける時代であろう。
一般企業においてはすでに肉屋がデリカッセンへ、金物屋がDIY店へ、惣菜屋や日用品店がコンビニエンスストアなどの業態に変化したように、医療でも、たとえば老人病院ならば医療、介護、福祉といった専門分化をする業種としてではなく、シルバーヘルスケアーといった総合的、有機的な発想の業態としてとらえることが重要となろう。
次回はケースを変えてさらに深く述べよう。
(1999年6月号掲載)
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